大阪地方裁判所 昭和60年(ワ)1944号 判決
一 請求原因1の原告が本件意匠の意匠権者であること及び本件意匠が別紙(二)意匠公報記載のとおりであること、同3の被告らが本件意匠に係る物品と同じ自動車用ホイールナツトであるイ号物件を製造、販売していることは、いずれも当事者間に争いがない。
二 本件意匠の構成
1 請求原因2の本件意匠の構成(別紙(三)・略)の<1>ないし<6>のうち、同<1>の「複数の突起群」とある点及び同<3>の「突起の上縁が略台形状である」とある点を除く各部分が本件意匠の構成をなすことは、当事者間に争いがない。
2 右争いのない事実及び成立に争いのない甲第一号証(本件意匠公報)によれば、本件意匠の構成は、次のとおりであると認められる。
なお、原告は、本件意匠公報図面を六三パーセント縮少して製作し、突起を六個とした検甲第一号証、突起を九個とした検甲第二号証を、被告は、本件意匠の実施品として試作したものとして検乙第一号証をそれぞれ提出するが、登録意匠の構成は意匠公報記載の図面及び説明に基づいて把握されるものであつて、右検号証は考慮すべきものではないことを付言する。
a 全体が縦長で、胴部2及び突起4群にて形成されたスカート部3からなるシヤンク本体1と、帯状径大部6を有する逆円錐台形状の挿入部7が一体形成されている。
b ナツト本体の中空内は、ねじが刻設された筒状体である。
c 胴部2´の高さHとスカート部の高さH´´と挿入部7の高さH´の比が、ほぼ一五対一三対一七である。
d 帯状径大部6の外周が意匠全体の最大横幅を形成し、突起群の外周は、帯状径大部6の外周縁により形成される最大外周縁より相当内側に配置されている。
e 側面視は、縦方向に胴部2からスカート部3を経て帯状径大部6まで順次左右対称に外方向に階段状に拡がり、挿入部7は帯状径大部の下端から下方へ左右対称に軸方向に逆台形状に絞られた形状である。
f 胴部2は、平面視円形で、側面視わずかに張り出す弧面からなる頂天面の両端から左右同一の緩やかな半円形状の肩部を経て、そのまま垂直に下りて周側面を形成している。
g スカート部は、等間隔に配置された五個の突起からなつている。
h 各突起は、外方向にわずかに張り出す周側弧面を正面<イ>とし、左右に末広がりとなる面を側面<ロ>とし、外方向へ突出し径の異なる同心円弧上の平行な二線を外縁及び内縁とし、側面<ロ>の上端縁を左右側縁とする傾斜面を上面<ハ>とし、突起と突起の間を半円かまぼこ形凹部<ニ>とするもので、正面<イ>と半円かまぼこ形凹部<ニ>の幅は相等しくなつている。
i 半円かまぼこ形凹部<ニ>の長さはスカート部の全体に及ばず、したがつて突起の下部は連続している。
j スカート部3と挿入部7の接面部分は水平である。
三 本件意匠の要部
1 本件意匠の構成aは、成立に争いのない甲第二号証(乙第二号証と同じもの)、第三号証(乙第三号証と同じもの)及び第七号証(乙第一号証と同じもの)中のホイールナツトE24及びE26並びに既存の自動車用ホイールナツトのサンプルであることに争いのない検乙第五号証及び第八号証に示される各公知意匠に共通してみられる構成であるから、新規で創作的な美感を呈する特徴的部分と認めることができないので、本件意匠の要部ということはできない。
2 同bは、自動車用ホイールナツトの機能上定まつてくる構成と認められ、本件意匠の特徴的部分と認めることができないので、本件意匠の要部ということはできない。
3 同d、f、jの各構成は、前掲検乙第五号証にいずれも見られる構成であるから、本件意匠の特徴的部分と認めることができないので、本件意匠の要部ということはできない。
4 同eは、前掲甲第二号証及び第三号証並びに検乙第五号証に見られる構成であるから、本件意匠の特徴的部分と認めることができないので、本件意匠の要部ということはできない。
5 前掲甲第二号証ないし第五号証、第七号証及び検乙第五号証並びに原本の存在及びその成立に争いのない甲第六号証、既存の自動車用ホイールナツトのサンプルであることに争いのない検乙第四号証、第六号証ないし第一一号証に示される各公知意匠に照らし、本件意匠の特徴的部分で、需要者に新規で創作的な美感を呈する意匠の要部は、本件意匠の構成c、g、h、iにあると認めることができる。その理由は、次のとおりである。
(一) 本件意匠の構成cの、胴部の高さHとスカート部の高さH´´と挿入部の高さH´の比率は、本件意匠の基本的構成部分たる胴部、スカート部、挿入部が、本件意匠全体の中で占める割合を示すもので、その比が一五対一三対一七であることにより、他の意匠に見られない本件意匠特有の形状がもたらされていると認められることから、本件意匠の要部というべきである。
(二) 同g、h及びiのスカート部の形状は、それが最も目につき易い本件意匠の中心位置にあることに加え、前掲甲第二号証ないし第七号証、検乙第五号証及び第八号証に見られるように、当該ホイールナツト専用のレンチを用いて着脱するホイールナツトにあつては、レンチとかみ合う突起の形状は需要者にとつて重要な関心事であり、そこに機能美を感ずるものと認められることから、本件意匠の要部というべきである。
四 イ号意匠の構成
イ号意匠が別紙(四)の構成を有することは当事者間に争いがないが、右争いのない事実とイ号物件であることに争いのない検乙第二号証とによれば、イ号意匠の構成は、次のとおりであると認めることができる。
a´ 全体が縦長で、胴部2´及び突起4´群にて形成されたスカート部3´からなるシヤンク本体1´と、帯状径大部6´を有する逆円錐台形状の挿入部7´が一体形成されている。
b´ ナツト本体の中空内は、ねじが刻設された筒状体である。
c´ 胴部2´の高さHとスカート部3´の高さH´´と挿入部7´の高さH´の比は、ほぼ一四対八対一一である。
d 帯状径大部6´の外周が意匠全体の最大横幅を形成し、突起群の外周は、帯状径大部6´の外周縁により形成される最大外周縁より相当内側に配置されている。
e´ 側面視は、縦方向に胴部2´からスカート部3´を経て帯状径大部6´まで順次左右対称に外方向に階段状に拡がり、挿入部7´は帯状径大部の下端から下方へ左右対称に軸方向に逆台形状に絞られた形状である。
f´ 胴部2´は平面視円形で、頂天面及び両周側面はわずかに外に張り出す弧面となつており、頂天面から周側面にかけての肩部は丸角形状である。
g´ スカート部は、不等間隔に配置された九個の突起からなつている。
h´ 各突起は、外方向へ突出した台形状の平坦な傾斜面を上面<ハ>´とし、正面<イ>´及び左右両側面<ロ>´はいずれも平坦面からなり、両側面は突起の根元から外方向へ先細りの傾斜面となり、突起間の溝<ニ>´は逆台形状及び一部逆三角形状となつている。
i´ 突起間の溝<ニ>´はスカート部の全体に及び、したがつて各突起の下端は連続せず、各突起は独立している。
j´ スカート部3´と挿入部7´の接面部分は傾斜している。
五 本件意匠とイ号意匠の対比
1 本件意匠の要部(本件意匠の構成c、g、h、i)に対応するイ号意匠の構成(c´、g´、h´、i´)を対比すると、cとc´、gとg´、hとh´iとi´との間には、前記の如き差異があることが認められる。
2 原告は、本件意匠とイ号意匠における、胴部とスカート部の長さの比率や、スカート部の突起の数や形状等の差異は、両意匠を全体観察したときは極めて細部的な事項で、意匠的効果は極めて小さいから類否の判断を左右しない旨主張する。
しかしながら、意匠の類否判断において全体観察すべきことは勿論であるが、意匠の要部における差異は全体観察においても一般需要者に美感の違いをもたらすものというべきところ、前記三5で認定した本件意匠の要部は、本件意匠の本質的部分であつて全体観察においても一般需要者に新規で創作的な美感を呈する部分といえるから、右部分をもつて細部ということはできない。
3 そこで、右1、2で述べたことを考慮に入れて本件意匠とイ号意匠を全体観察して対比すると、
本件意匠は、前記aないしiの構成を有することから、全体的印象が、ズングリムツクリ型で、意匠全体のほぼ三分の一を占めるスカート部がどつしりした安定感を与えるものである。
これに対し、イ号意匠は、要部において本件意匠と異なる前記a´ないしi´の構成を備えることにより、胴部や挿入部に比べかなり短いスカート部に小さな角状突起が多数付設され、スカート部に安定感はなく、全体的に不安定なノツポ鋭角タイプともいうべき、本件意匠とは著しく異なつた印象を与えるものである。六 以上の次第であるから、イ号意匠は本件意匠に類似するものとは認められず、原告の被告らに対する請求はいずれも理由がないので棄却する。
〔編註その一〕 本件における当事者の主張は左のとおりである。
一 請求原因
1 原告は、次の登録意匠(以下、「本件意匠」という)の意匠権(以下、「本件意匠権」という)を有している。
出願日 昭和五六年三月一六日
(意願昭和五六―一〇九九九)
登録日 昭和五七年一一月三〇日
登録番号 第五九五五九三号
意匠に係る物品 自動車用ホイールナツト
登録意匠 別紙(二)意匠公報記載のとおり
2 本件意匠の構成は、別紙(三)記載のとおりである。
3 被告らは、別紙(一)物件目録記載の自動車用ホイールナツト(以下、「イ号物件」という)を製造し、販売している。
4 イ号物件に施されている意匠(以下、「イ号意匠」という)の構成は、別紙(四)記載のとおりである。
5 以下のとおり、イ号意匠は本件意匠に類似する。
(一) 本件意匠における創作の主要部で、新規性があつて最も見る者の注意を喚起せしめる点、すなわち意匠の要部は、次のとおりである。
全体が縦長で、胴部と複数の突起群にて形成されたスカート部と、帯状径大部を有する逆円錐台形状の挿入部とを一体形成し、スカート部の全長を胴部及び挿入部の各全長より最も短く形成し、且つ最大外周縁の帯状径大部より相当内側に突起群の外周を配置し、各突起の形状が、その上縁が下向きテーパ面で平面略台形状で、正面が幅のある平坦面に形成され、全体は側面から見て、縦方向に胴部、スカート部及び帯状径大部と順次左右対称に外方向に明確な階段状を呈して拡がり、且つ挿入部は帯状径大部の下端から下方へ左右対称に軸方向に逆台形状に絞られた形状である。
(二) そこで、本件意匠の要部と、イ号意匠における右対応部分とを対比すると、イ号意匠においても、スカート部の全長を胴部及び挿入部の各全長より最も短く形成したことから、全体のプロポーシヨンが独自の審美感を呈する点で共通し、また、イ号意匠においても、最大外周縁の帯状径大部より相当内側に突起群の外周を配置し、しかも各突起の形状が、上縁が下向きテーパ面で平面略台形状で、正面が幅のある平坦面に形成され、全体は側面から見て、縦方向に胴部、スカート部及び帯状径大部と順次左右対称に外方向に明確な階段状を呈して拡がり、且つ挿入部は帯状径大部の下端から下方へ左右対称に軸方向に逆台形状に絞られた形状で、スマートな美感を呈する点で共通している。
(三) 以上のように、本件意匠とイ号意匠とは、全体観察したとき、本件意匠の要部において共通するため、見る者をして共通の審美感を与えるものであるから、両意匠は類似するものである。
よつて、原告は被告らに対し、本件意匠権に基づき、イ号物件の製造、販売の差止を求める。
二 請求原因に対する認否及び被告の主張
1 請求原因1の事実は認める。
2(一) 同2のうち、本件意匠の構成<1>の「複数の突起群」とあるのは「五個の半月状削切部」とすべきである。
同構成<1>のその余は認める。
(二) 同構成<2>は認める。但し、HとH´´の長さの比率は一九対一六であることを構成に入れるべきである。
(三) 同構成<3>のうち、突起の上縁が「平面略台形状」との部分は否認する。本件意匠図によれば円形にカツトされており、「略」を冠したところで直線よりなる台形とはいえない。同構成<3>のその余は認める。
(四) 同構成<4>ないし<6>は認める。
(五) 本件意匠の構成には、右(一)ないし(四)の他に、
(イ) スカート部の突起の数が五個であること。
(ロ) 突起の配置が等間隔であること。
(ハ) 突起と突起の間が弧状凹面を有すること。
(ニ) スカート部と挿入部の接面部分10が水平であること。
を加えるべきである。
3 同3の事実は認める。
4 同4のイ号意匠の構成<1>ないし<6>は認める。
但し、右の他にイ号意匠の構成として、
(イ) HとH´´の高さの比率が二六対一七であること。
(ロ) スカート部の突起の数が九個であること。
(ハ) 突起の配置が等間隔でないこと。
(ニ) 突起が直線的な形状であること。
(ホ) スカート部と挿入部の接面部分10´が傾斜していること。を加えるべきである。
5 同5(一)ないし(三)はいずれも争う。
6 本件意匠の要部について
(一) 本件意匠に係る物品である自動車用ホイールナツトは数十年の歴史をもつもので、ナツトにデザインを付することは盗難防止用の所謂ロツクナツトが開発されるのとほぼ時を同じくして進行してきたものである。
我が国においては、自動車産業の隆盛に伴い昭和四〇年代後半からその開発が活発になり、熟成商品である単純なホイールナツトではなく、ホイールロツクナツトとして著しい商品開発、市場開拓が進められてきた商品である。
このように激しい開発競争におかれ、多数の類似商品が出回つている本件商品の分野は、必然的に意匠の類似の範囲も極めて狭い商品分野となつているのである。
(二) 原告主張の本件意匠の要部について
(1) 本件意匠の構成<1>は、自動車用ホイールナツトのうち専用レンチで着脱するタイプの意匠に共通するもので、本件意匠、イ号意匠の他、甲第二号証、第三号証、第七号証のE24及びE26並びに検乙第五号証、第八号証等に共通して見られる構成で、それは主として機能上から定まつてくる構成であるので本件意匠の特徴部分とはいえない。
(2) 同<2>は、厳密に採寸すればそのとおりであろうが、一見したところスカート部は胴部、挿入部と同じ長さに見えるので、特徴的な部分とはいえない。
(3) 同<3>の「突起群の外周が最大外周縁より相当内側に配置された」点及び同<5>の「帯状径大部の外周が最大の横幅となつている」点は、ナツトの最大外周縁は挿入部の上端であるが、この部分は専用レンチのストツパーの役目を果たしており、フランジ(鍔)とよばれ従来から存在するデザインである。この構成はフランジ機能から導き出されるもので、乙第二号証ないし第四号証、第七号証、検乙第五号証ないし第七号証、第一〇号証にも見られるデザインであり、本件意匠の特徴とはいえない。
(4) 同<3>及び<4>のうち、突起の形状に本件意匠の特徴があることは認める。
(5) 同<6>は、前記(1)のとおり、自動車用ホイールナツトのうち専用レンチで着脱するタイプに共通する形状であつて、本件意匠にのみ見られる特徴ではない。
(6) したがつて、原告が主張する本件意匠の要部のうち、突起の形状に関する部分を除いては本件意匠の特徴部分ということができないので、要部とはいえないものである。
(三) 右のとおりであるから、本件意匠の要部は、胴部、スカート部、挿入部の各比率構成からなる全体形状と、全体の中心に位置して、この商品において最もデザインの変化を持たせうる部分であるスカート部の形状とにあるというべきである。
そして、右各要部において、本件意匠とイ号意匠には次の各点において著しい差異がある。
(1) 本件意匠では胴部の高さHとスカート部の高さH´´の比率が一九対一六でHが一八・七パーセント長いだけであるのに対し、イ号意匠ではそれは二六対一七でHが五二・九パーセントも長くなつている。
(2) スカート部の形状は、
(イ) 本件意匠では突起の数が五個に対し、イ号意匠では九個である。
(ロ) 本件意匠では突起が等間隔に配置されているのに対し、イ号意匠では等間隔に配置されていない。
(ハ) 本件意匠では突起の間が削切感を与える弧状凹面であるのに対し、イ号意匠では付け足し感を与える直線的な突起の形状である。
(ニ) 本件意匠ではスカート部と挿入部の接面部分10が水平であるのに対し、イ号意匠では10´は傾斜している。
(四) 本件意匠とイ号意匠には要部において右の如く著しい差異があるため、本件意匠ではズングリムツクリ型で、五個の半円状削切部からなるスカート部がドツシリした安定感を与えるのに対し、イ号意匠ではノツポ型で、小さな角状突起を多数付設した一見して不安定なノツポ鋭角タイプという印象を与えるもので、対照的な美感を呈することから、両意匠は類似しないというべきである。
三 原告の反論
1 被告らは、本件意匠とイ号意匠には、スカート部の突起の数、形状、シヤンク本体の胴部とスカート部の長さの比率等において差異があると主張するが、被告らが指摘する差異は両意匠を全体観察した場合には極めて細部的な事項で、意匠的効果は極めて小さいから、類否の判断を左右するものとはいえない。
2 被告らは公知意匠を種々引用し、本件意匠の各構成部分が夫々の公知意匠の一部に含まれているとして、本件意匠の要部はスカート部にあると主張するが、本件意匠はいずれの公知意匠にも類似しない独自のものであるから、本件意匠の要部は原告主張のとおりに解すべきである。
〔編註その二〕 本件に関する図面は左のとおりである。
別紙(二)
意匠に係る物品 自動車用ホイールナツト
説明 右側面図は左側面図と同一にあらわれる。
<省略>
イ号意匠図
<省略>